大和ミュージアム

2012年5月23日 (水)

大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館)その6

全体的な感想として
大和ミュージアム、という名称が一人歩きしているような印象でした。
実際に見てみると、呉という街と呉海軍工廠に関する展示の中の、常設企画展示室的な扱いで大和に関する展示があるわけで。大和に過剰な期待を持っている方にとってはちょっと厳しい内容かな、と。
もちろん私的にはまったく問題ない、というかむしろ大歓迎なのですが。
呉というか、このあたり一体が、まさに帝国海軍の物。
工廠以外にもあちこちに各種試験所やらなんやら。広の方には支廠まで。
帝国海軍すげぇー。知識としては知っていても、現物見せられれば、また別ですな。
当然呉という街そのものが、海軍によって作られた街みたいなもので、帝国海軍なくして呉という街が成り立たないのもよーっく理解できました。
海事歴史科学館というよりう、呉海軍工廠と呉市に関する歴史資料館、と言うべきものかと。
見学時間は2時間、じっくり見るなら4時間は要りますかね。

おまけ。
「呉海軍工廠と呉市歴史資料館、と言うべきものかと』
と書いたように、戦後の呉の展示もあるわけで、
昭和2~30年代はこんな感じだったよ的な展示もあるわけで。
そんな展示の一つが『紙芝居』
流行った3作品を見ることが出来ます。
その内の一つが
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黄金バット~ナゾー編~
『スイスに落ち延びたナチス残党エーリッヒ・ナゾー』
・・・・・・いや、その姓はドイツ的にどうなのか。
『日本の科学者が開発したなんたら光線をものにすべく、開発者の娘を誘拐』
・・・・・・その開発者さらった方がよくね?
『しかし、黄金バットは追跡し、スイスまでやって来る。そこでナゾーは巨大ロボットを発進』
・・・・・・おお、ようやく盛り上がって
『発進させたら、黄金バットが体当たりで一撃で撃破。続く』
・・・・・・いやいやいや、待て待て待て。盛り上げようよ!話盛り上げましょうよ!!
巨大ロボットに苦戦して、もうだめだというところで逆転でしょうそこは?!
あっさり体当たりで撃破ってなに?!!!
・・・・・・なぜこれで当時のガキは喜んだんだろう・・・・・謎。

この素敵な山無し落ち無し起伏無しの紙芝居を見たい方は呉へどうぞいらっしゃいまし。

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2012年5月14日 (月)

大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館)その5

引き続き館内展示。
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88式3型潜望鏡
米独潜に比べ、帝国海軍潜水艦の潜望鏡は短く、それが苦境をまねく一因となったと何かで読んだ記憶がある。

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回天(いわゆる人間魚雷)の潜望鏡。
やっぱりこれで(40ktで動きながら)捜索・観測・追尾までやるのは無理だわ。

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零戦だが、六二型というのがミソ。

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栄エンジン。

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照準器と奥が防弾ガラス。

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海中戦闘機こと海龍。
軍オタ少年の頃は『優れた海中運動性でもって敵を翻弄するのだぁ』と考えていたこともございましたが、SUBCOMMANDやってよく理解できました。
ソナーをはじめとする目標データを処理する機器を搭載しなければ、まともに戦果なぞあげれません。
そしてそういった機器というのは場所を取るわけでして、やっぱこの手の特殊潜航艇は無理だわ。
仮に本土決戦になったとしても、どこまで成果をあげれたやら。

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NHKのドラマで使った甲標的内部のセット。よくできとるわぁ。
意外とデカいんだな、と感じた。

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18inc弾、いわゆる46サンチ弾。
そして、真ん中の赤いのが厨二病軍オタ御用達の三式弾。

次回で最後。

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2012年4月29日 (日)

大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館)その4

続いて今回も館内資料展示。
ただねー、どこが撮影可でどこが不可なのか表示がはっきりせんのだ。
そんなわけで、今回の画像は『こ、これは?』と思ったものだけ。

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昭和9年の、小学校の修学旅行。
見学先が軽巡『阿武隈』かよ!
いいなぁ~~~~
現代でいえば、護衛隊のDDに修学旅行にいくようなものだよな~




20120126_02494式40センチ砲の取説。
うん、つまり46センチ砲の取説。
『こ、これが赤本というやつか・・・』




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戦艦『伊勢』の救急箱、と表示プレートに書いてあったが・・・
これどーみても『対毒ガス用救急箱』だよなぁ。つか、表面にそう書いてあるし。
呉大空襲の時使ったそうなので、たぶん中に入っている包帯だけ使ったんだろう。




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大和の探照灯。
支持架はレプリカだが、鏡面は本物。太陽炉に使っていたらしい。




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館内資料で一番脱力したもの。
長門だか金剛代艦だかの、主砲デザイン案。
一番下は、普通の4連装。KGⅤで採用したやつですな。
真ん中が連装×2の、ダンケルク級やリシュリュー級で採用したフランス式4連装。
で、一番上はなんだ?連装×2を上下でいいのか?1門1門独立?仰角機構とかどうすんの?いや、それをクリアしても、装填はどうすんの?砲塔内に上の砲まで届く弾薬・弾丸ホイスト設置?
もし一番上の4連装が採用されていたら、海軍史上に残る変態戦艦になっていたでしょうなぁ>長門


それはそれでちょっと見たいかもw




続きます。

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2012年4月23日 (月)

大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館)その3

さて、1/10の大和を見学後、館内を巡回路沿いに進むと、さっそくボイラーがお出迎え。
ああ、そういやボイラーの模型が展示されてるってあったなぁ。
そこにボランティアの、どーみてもただのおばちゃんが登場。
『こちらは戦艦金剛のボイラーでして~』
はいはい。レプリカね
『本物なんですよ~』
はっはっは、おばちゃん、しばくぞ。
小学生3年生の頃からドイツ海軍や日本海軍の書物読んでいた私に喧嘩売ってんのか。
金剛はとうに海の中だわい。艦本式ボイラーは改装の時も降ろしてないんでないのかい?
私 『・・・えー、レプリカですよね?』
おばちゃん『いえいえ、建造したときの、英国はヤーロー社のボイラーを、改装の時に降ろしたもので、科学技術庁の建物暖房用ボイラーとして平成五年まで使っていたものでして』
・・・
はい?
いやいやいやいやいや
そもそも、ただのおばちゃんから『ヤーロー社』なんで言葉出てくる事がまず異常だし。・・・
つまり、建造当初の、文献で良く見る
ヤーロー缶かっ?!コレ!!
大改装で艦本式に替える際、降ろして陸上で今まで使用していたものが残っていたなんて・・・。
なぁ、1910年代のヤーローの艦載大型艦用ボイラーって、ここ以外にあるか?
たぶんイギリスにもないんじゃないのか?
あ~う゛~
理解した瞬間、完全に放心状態。
そらもう、舐めるように撮影しましたが、興奮のあまり、ことごとくぶれまくり。
なんとか使えるのがこちら。

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正確には、下部の石炭くべるところは復元した模造部分。陸揚げして途中から重油専焼に改造したんだろう。

個人的な感想ですけどね、1/10大和よりこっちの方がすっごい貴重だと思いますよ。
技術遺産認定でもいいかと。
ところで
艦本式ボイラーとベルヴィール式ボイラーって残ってないすかね?

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2012年4月11日 (水)

大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館)その2

中に入ると、ここの目玉
1/10の大和がお出迎え。なんせ『作った』ではなく『ドックで建造した』だものなぁ。
でかいことでかいこと。

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すげー
で、できれば次は1/1を・・・w
こんだけでかいと、こーなってたんだと気がつくところも。
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艦首。ウォーターライン付近は垂直なのか。

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短艇格納庫。ここ扉あったんだ!
つか、扉なんだ。
知らなかった。

次回はさらに恐ろしいものをご紹介いたします。

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2012年3月20日 (火)

大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館)その1

今年1月末に、呉市海事歴史科学館、所謂大和ミュージアムに行ってきた。
正面
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すぐに入館せず、まずは周囲の展示品を見る。
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陸奥の主錨

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同じく陸奥のフェアリーダー
・・・、そういや、宇宙戦艦ヤマトにも艦首にそれっぽい丸い切り欠きあるけど、あれってフェアリーダーなのか?
仮にフェアリーダーとしても、岸壁に係留しているシーンって見たことない。。。飾り穴か?アレ。

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陸奥の主舵

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陸奥の16inc主砲。
まぁ、これは閉館した海の科学館にもあったな。
さて、館内の紹介は次回にして、裏手にある大和波止場を。

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裏手のちょっと高い所にこんなものが。
トップにある射撃指揮所ですね。
で、ここから見える光景は

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このような感じに整備されておりまして、
じゃどんな光景なのかといいますと

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こんな感じになっとります(色違いのタイルの形が前方から、第一、二主砲、第一副砲)。
ついでだからここも歩いてきました。
全長に関しては『小さい!』・・・というと語弊がありますな。
よくぞこの長さにまとめたなあ、と。
そして『幅が広いっ!』
実際に大和を見たことのある海軍軍人の方の感想で
『タライみたいなフネを作ったナ』というものがありますが、さもありなん。
そりゃこの幅で、艦尾からみたらタライに見えるわ。
戦艦が絶滅した現在、いかに戦艦の幅広さを実感できる場所、としてこれほど適切な場所はないかと。
アイオワ級は戦艦といっても巡戦みたいなもんだし、サウスダコタ級にしてもアメリカまでいかないと見れないしねぇ。もっとお手軽な方法なら、1/700のウォーターラインシリーズの金剛級と伊勢級を作り比べてみましょう。ディテール・アップにこだわり出すと泥沼ですが。

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