江戸東京博物館

2012年12月11日 (火)

江戸東京博物館7

だらだらと続いておりますが、今回で最後です。
それでは江戸東京博物館最大の狂気と恐怖をご覧ください。

両国橋西詰のジオラマ。
Edo060
Edo061
おいおい船多すぎじゃね?と思ったら、当時の風景画を見ると、これでも少ないほうだったり。

Edo062
一応地図が残ってるんで、このような当時の地図を

Edo063
Edo064
Edo065
なにが凄いって、同じ人形一つとしてないのよ。

Edo066
もちろん、まず見ない店内もきっちり作りこまれております。

Edo067
だからといって、こーゆー逢い引きのシーンまで再現しなくていいと思うんだ。


さて、江戸東京博物館は江戸ゾーンと東京ゾーンに分かれており
東京ゾーンになると明治以降現代までの変遷が展示されております。
が、このように江戸ゾーンだけでも半端無い展示内容なわけで、2日にわたっていきましたが、両日とも江戸ゾーンの見学のところで気力と根性がなくなりました。
いや、一応見ては来たけどさ。
そんなわけで、東京ゾーンに関してはおのおの、その目で見てきてください。
最後に。
「あーつかれたー」と1階に戻ってきた私の目に飛び込んできたもの。
Edo068
Edo069
江戸東京たてもの園?
高橋是清邸?移築したぁ?都電?
そーか、いわゆる東京ゾーンの続きか。
・・・・・・まだ展示続くんか、この博物館は。
行かなきゃ。。。。な。
(精も根も尽き果て、やっと見終わったと思ったら、まだ続きがあって、しかも展示内容が弩ストライクだった場合のまだ続くのか見なきゃな、という絶望感をご想像ください)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年11月14日 (水)

江戸東京博物館6

間が開いてしまいましたが続きでございます。
今回は雑多にまいります。

Edo051
商標というか看板。自分のお店のマーク。

Edo052
江戸時代のパラダイス吉原。

Edo053
ブレブレで申し訳ないが吉原細見。
いわゆる吉原案内。
現代でいえば
『吉原ソープランド総覧』とか『吉原歩きガイド』
これ以外にも、携帯用ガイド本もありまして、お店の名前や遊女の名前と料金も書いてあったり。
・・・写真無しでいくのかぁ。けっこうチャレンジャーだ、当時の人はw

Edo054
当時の本屋さん。

Edo055
江戸時代と馬鹿にしちゃいけません。
難しい数学書もあります。

Edo056
東都名所高輪廿六夜待遊興之図
当時のファーストフード大集合。
だんご屋・麦茶屋・二八そば屋・天ぷら屋・イカ焼き屋・水売り屋・寿し屋・水菓子(果物)屋

Edo057
龍吐水 キタ━(゚∀゚)━!
あんまり役に立たないというのが一般的ですが

これ見る限りでは、水源とホースさえあれば、結構威力あったんではなかろうか?

Edo058
これは面白かった。迷子用の伝言板(柱)?

Edo059
こっちにはたづねる(尋ねる)ほう、とあり、反対はみつけた側になります。
迷子の保護費、果ては養育費は、その迷子を保護した町が負担しました。
それじゃあっという間に破産じゃということで(当時は子沢山)
迷子を見つけたら、特徴や場所時間を書いて張り紙。
迷子を捜す側は、特徴や場所時間を書いて張り紙。
つまり、この柱にくれば迷子が解決できた、と。
これ、現代にあっていいかもしれませんね。

次回はさいすうかい。この博物館の狂気をご覧いただきます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年10月10日 (水)

江戸東京博物館5

商いは続くよどこまでも。
今回も江戸の商売のお話。
さて、商売といっても棒手売り以外にもちゃんと店舗もあちこちに出店しますわな。
Edo044
こちらは『現金、掛値なし』で有名な三井越後屋(後の三越)。
で、再現しちゃったのがこちら。
Edo045
Edo046
もちろん店内もきっちり再現。
こちらは
Edo047
三井越後屋江戸店服装規定。
残ってるもんですねぇ。
他にも奉公人の一生の展示なんか非常に興味深い展示もありました。
さてさて、お店ができたなら、次は宣伝だ!
ということで、宣伝しなきゃお客が集まりません。
当時の宣伝方法としてはビラまきや、本や浮世絵に広告ちょこっと載せたり。
で、いるんですな、暇人が。
当時の広告集めてスクラップしてた暇人が。
Edo048
こちら、温古余編。その暇人のスクラップ帳。

Edo049
土橋加賀町?で新発売、風流な花羊羹、らしいです。

Edo050
元祖両国!江戸一番!いくよ・・・・・・・・・???侍?じゃないよな。最後が読めん。
なんだろー、気になるー
と思いつつ、この記事書きながら試しに『元祖両国 江戸一番 いくよ』でググッたら、判明したよ!すごいよグーぐる先生!
その正体は
『いくよ餅』
この商標だー!そうか、かすれて『餅』とは見えなかったのか!
焼いた餅に餡をまぶした?
江戸中期に生まれ、明治以前には消えてしまったのか・・・・。
ん?江戸中期生まれで明治までに消えた?
パッと流行って消えたって事?
あー、今で言う『ベルギーワッフルの店』みたいな立ち位置だったかもwwww

ともあれ、暇人のスクラップが今や貴重な文化遺産です。
皆様も広告集めて取っておいてはいかがでしょうか?
3~400年後には文化財ですぜ?


申し訳ありませんが、<まだ>続きます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年10月 8日 (月)

江戸東京博物館4

さて、今回も商売のお話。
商売繁盛となれば、あちこちから一旗上げようと人が集まってきます。だとえ地方からの流入を規制しても、丁稚奉公と言う形でどんどん入ってきます。
地方の人にとって、江戸にいってお金持ちになるのはちょっとした江戸ドリームだったのでしょう。
そんな夢を表したのがこちら
Edo035
新版主従心得寿語録(しんばんしゅじゅうこころえすごろく)
江戸にやってきて、色々商売して出世して、最後はお金持ちになってあがるか、途中で挫折してかけ落ち(夜逃げ)で終わるか。そんな江戸時代の人々の、出世物語すごろく。

Edo039
ここがスタートらしい

Edo036
最初は紙屑買(でいいのか?)

Edo067
団子屋さんにランクアップし

Edo038
酒問屋に成り上がり

Edo40
お金持ち(福徳長者、だそうです)になってゴール!

しかし、失敗すれば
Edo041
かけ落ち(夜逃げ)が待っている!
・・・
どーみても人生ゲームです。本当に(ry
タカラトミーさん、復刻しませんか?w

この江戸時代の人生ゲーム、中にどうーも理解に苦しむマスが2つほど。
Edo042
これなんぞ?

1、真ん中の赤鬼はわかるが、左側の『酒樽に足が生えた』鬼はなに?
2、そもそも、人生ゲームで、どう鬼がかかわってくるの?

どなたか詳しい方の降臨をお待ちいたします。

おまけ
商売と言えばこれ、
千両箱!
Edo043


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年10月 1日 (月)

江戸東京博物館3

さて、武士階級と町人で構成される江戸の町ですが、まずはこちらをご覧いただきたい。
Edo034
お米の流通を表した図です。
幕府、というか徳川家家臣団といえども、その6割が蔵米取といって幕府から『お米』という形でお給料を貰いました。大多数の下っ端侍、いわゆる御家人さん達ですかね。
戦国期やそれ以前であればそれでよかったのですが、平和な世の中になると貨幣経済が発達します。お侍さんはいただいたお米をお金に換えなければ生活できません。かといって、大量のお米かついで換金するのも大変なので、『お米をもらえる手形』を米問屋に売ります。これで現金GET!・・・・・・と、言いたいのですが問題が。
まず、平和な世の中ですから、あちこちで開墾開発が進み、お米の収穫量は上がります。当然お米の価値も下がります。そして基本的に経済というものはインフレが進行するもんですから、物価は上昇します。
つまり、お給料は実質下がり続けるわけで、これが幕府崩壊、というか武士階級の地位低下の遠因になるわけだったりします。
ちょっと話がずれましたけど、徳川家家臣団6割が蔵米取、いわゆるサラリーマンなわけです。
そして町人階級といえば
Edo027
これは江戸の長屋を再現したもの。
ご覧のように、家財道具というか、持ち物がほとんどありません。
色々理由があるようですが、やはり一番の原因は『火事』だったようで。
沢山家財持ってったって、焼けちゃったら何の意味もない。だから稼いだ金はすぐ使う。宵越しの銭は持たねぇ、と。
大量のサラリーマンに、稼いだらすぐ使っちゃう消費者が組み合わさって・・・・
日本一の消費地、江戸が誕生します。
下は江戸名所図屏風
Edo024_2
どこもかしこも大賑わい。

Edo025_2
江戸名物の喧嘩

Edo026
当時は現代以上にパラダイスだった『吉原』

消費者がいるなら、商売が繁盛するわけ、前置きが長くなりましたが、今回はこの『商売』についてです。

Edo028
虫売りに金魚屋さん。

Edo029
スイカ屋さんに魚屋さん。左上はなんだろう・・・・

Edo030
歯医者さん?!

Edo031
おでん屋さんらしい。

そして、ここに来て最大の収穫。
皆さん。年寄りの冷や水、という言葉があります。なんでも

『江戸は玉川上水より水道水が飲み水として供給されていたが、夏場にはぬるくなってしまう。そのため、氷で冷やした水を売る「水屋」という商売(棒手売の一種である「水売り」を含む)が誕生した。ただし、川から汲んだ水に氷を入れたものであったため、高齢者の場合は衛生的不備がたたって腹をこわすことがよくあり、「年寄りの冷や水」という慣用句が生まれた。』
wikipediaより。

これ、ある点がどうしても疑問だったんだ。で、ちょっと調べたんだが、水屋と水売りは別物。水屋は、上水が供給していない地域や井戸がない地域に水を運ぶ給水業者(といっても棒商売ですが)。なるほど、それなら非衛生かもしれん。
だが、水売りに関しては疑問が残る。氷ってそんなに多く入手できたとは思えないし、桶に担いで売るわけで、断熱材など無いに等しい。ぶっちゃけ、上水の水の方が冷たくて衛生上もよさそうである。商売成立するの?これ?
そんな疑問が、一発で氷解したのがこちら。

Edo032
冷たい水に、白玉・白砂糖を入れて一杯4文。
・・・あー、現代でいうところのカキ氷屋さんとかジュース屋さんとか、そんな立ち位置の商売か~。
そら売れるわ。
ちなみに、白玉や白砂糖増量で8文、12文で売ったりもしたそうなので、こんな会話もあったのかも。

『ひゃっこい~、ひゃっこい~』
『おぅ水屋!こっちこっち』
『へい、まいど!』
『一杯くんな、白玉砂糖マシマシで』
『へい、16文になりやす~』

現代とかわりませんなw


続くよ~

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年9月18日 (火)

江戸東京博物館2

江戸といえば江戸城。
流石に江戸城の模型こそありませんが
一部なら
Edo015
こちら
『この間の遺恨覚えたか!』で有名な松の廊下。
こちらでは、将軍様の謁見の再現ビデオが繰り返し流れておりました。
その謁見がまた凄いというか、高度なお笑いというか。
将軍様、控えの間から立ち上がり、大名が詰めている大広間に向かう→ずんずん進んで、左手に麩の前でとまる→曲がれ左→付き添いが麩を開ける→最初から平伏している大名→閉める
こんだけ?!ただ見て終わり?!
たった3秒に大名は命かけてるんだろうなぁ・・・
さて、大名といっても格式があるわけで、いわゆる御三家や、それにほぼ同等の有力大名、5万石程度の下っ端大名や、領地ないけど大名扱いの人など、ランク付けされ、そのランクによって詰めの間も異なります。
大変なのは江戸城勤務の旗本さんや御家人さん達。
なんせ300諸侯の家や家紋、格付け、藩の名前を覚えなきゃなりません。
そこでこんな教育セットが。
Edo017
大名かるた
これで覚えたそうですが、それでも忘れるものは忘れる。
そーゆーときは、コレ。
Edo018
江戸城各間詰席次一覧
これ、カンペです。それも個人の。
細かい折り目がついていて、非常に小さく折りたためる事から、誰かが作ったカンペと判明したそうです。
さて、その他の展示物としては
Edo019
Edo020
籠!
これは入って座れます。
せまーい!

Edo021
こちらは将軍家の娘さんが、山形のどっかの藩に嫁いだとき持っていった台。
すっげー綺麗で欲しかったんですが、ひと目で億単位のお金がないと買えそうにないとわかりましたので、早々に諦めましたw

さて6階の展示はここまで。次回は5階、江戸の生活編です。

おまけ
Edo022
江戸城内に水を引くための、水道の橋。だから水道橋!
知らなかったー!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年9月13日 (木)

江戸東京博物館1

この夏の旅行において、なんとなーく計画に組み込んでみたところが江戸東京博物館
以前からちょっとだけ見てみたかったし、HPから見るに6階と5階しか展示場所ないし、まぁ2時間もあればよかろう、と計画していたのだが、
甘かった。
というか、騙された。
まず確かに展示場所は6階と5階だけなのだが、そもそも建物が馬鹿でかい上に、なかなかの点数がある展示物、そして見学順路をくねらせる事により、2フロア+さらに2フロア分ぐらいのボリュームがある。
そして、展示物の一つ一つが、これまた私のツボに嵌る。
結果、初めて二日間に渡って見学した博物館となった。
・・・
いやさ、たかだが2フロアの博物館にさ、喫茶店1つとレストラン2つって、なんかおかしいとは思ったんだよ。そーだよ。休憩用だったよ。喫茶店1つとレストラン2が必須だった博物館だったさね。


さて、この博物館を紹介するにあたり、所要見学時間を案内しておく。
A:歴史に興味が一切無し=1時間
B:ブラタモリを見たが、あんまり面白くなかった=2時間
C:ブラタモリは好きだ=4時間
D:ブラタモリは好きだが、特に第1シーズンが好き=8時間
E:ブラタモリ第1シーズンが好きだが、さらに古文書が読める=16時間


まず入るといきなり巨大な日本橋がお出迎え。
Edo01
1/1レプリカ。だたし1スパン分。
あ、ちなみにこの博物館、基本的に撮影OK、フラッシュNG。特定の場所はフラッシュ撮影OK。

Edo02
橋の左手は江戸ゾーン。

Edo03
右手は東京ゾーン。

Edo04
こちらは江戸住人の割合。黄色が武士階級。緑が町人階級。ほとんどお土地が武士階級。いわゆる下町地区が町人街になっている。

Edo05
Edo06
こちらは当時の日本橋界隈を再現したジオラマ。

Edo07
Edo08
非常に大きいため、四面に双眼鏡完備。しかも、ほとんど見ることのできない屋内まで作りこまれているという恐ろしさ。最大限の賛辞として言いたい。
『馬鹿?』(最大級の褒め言葉です)
ブラタモリでよくやっていた、CG再現をリアルでやってしまったと思えば良い。
・・・これいくら懸かってるだろう・・・・


続いて、こちらはお屋敷。
Edo010
福井藩松平忠昌の江戸上屋敷。なにも建ってないところは、無いのではなく再現していないだけでちゃんと建物があった。
こんな感じ。
Edo016
いっとくが、『家』である。お住まいである。
つまり『松平さん家(ち)』である。でけぇーなぁーおい!
Edo011

Edo012
玄関

Edo0013
Edo014
立派な門が2つも。
解説はなかったが、たぶんどっちかが将軍用、みたいな感じで用途分けしたんではないかと思う。
個人宅、といっても上屋敷だと家来の長屋があったり、ここで藩の政務もしたりするんで、正確には
福井藩江戸オフィス兼松平さん家、が現代的には正しい表現なのかもしれない。


当然のように続きます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)