幻想としての護憲・反戦運動

2008年9月 1日 (月)

無抵抗であれば民衆は助かるのか?

毎週定期的に電波を飛ばしまくっている
マガジン9条
そこの伊藤真のけんぽう手習い塾がまたかっ飛ばしてくれてます。
まぁ読んでいただければわかりますが、まとめれば
『占領されてから不服従とかで抵抗すればいいじゃん。非暴力抵抗でいこうぜ、実例もあるし』
というところでしょうか。
だからなんで、非暴力抵抗には非暴力で返されると思ってんのかなぁ。
非暴力抵抗には鉛の玉で返されることも多いというのに。
あ、あとね、非暴力抵抗にせよ、レジスタンスのきっつい点はね、同胞同士との潰しあいになったり、戦後内戦に発展する可能性もあったりします。
そこんとこも押さえてんのかね、このおっさんは。

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2008年8月31日 (日)

すれ違い

●1914年
ロシア=外交上、総動員かけんといけんの。おたくと戦争する気ないの。
ドイツ=安全保障上、そっちが総動員かけたら宣戦布告なの。おねがいやめて。
結果=第1次世界大戦


●1941年
アメリカ=国力の差が大きすぎる。俺らに喧嘩売ってくるわけねぇ。負ける戦争おっぱじめるバカはいねぇ。戦争になるわけねぇ。さぁ外交圧力をかけようぜ。
日本=このままハル・ノートを呑んでは国家の死。つーかクーデター起こされるのは必須。ましてジリ貧をおそれてドカ貧になるよりも、いっそ死中に活を求めて・・・
結果=太平洋戦争

●2003年
アメリカ=あいつは絶対俺達恨んでるって。ぜってー何かやるつり。だから国連査察妨害してるんだって。ならばやられる前に殺れ。
イラク=うち独裁者やん、強いとこ見せんと、逆にクーデター起こされてアラブ世界で生きていけんの。それにアメリカに歯向かってればアラブ内でポイントかせげるし。
結果=イラク戦争

●番外編:1962年
アメリカ=いきなり核戦争はじめるバカいないし。通常戦争からエスカレートしていくもんだし。キューバ侵攻してみよっか。
ソ連=戦争は火力。一番先に一番強力な火力叩き込むに限るね。アメリカがキューバ侵攻したら、キューバ内に配備した核は遠慮なくぶっ放せ。平和or核戦争。
結果=ソ連が折れました

えー、いきなり何事かとお思いでしょうが、私が言いたいのは、『自分の常識・考え』が相手にも通用するとは限らないってことです。相手には相手の常識・考えがあり、それが如何に奇想天外でも、相手には当然のことなのです。
アフガンでペシャワール会の伊藤和也さんが殺害さましたが、日本でペシャワール会を支援している平和運動愛好家の皆様方におかれましては、ありえない事件のようで

・ペシャワール会をしっているなら、(犯人は)タリバンでは『ありえない』
・アフガンでNGOとして民衆の為に活動しているのだから、犯人はタリバンで『あるはずがない』
・本当のタリバンなら、民衆の為に活動しているのだから、こんなことは『しないはず』

と、大騒ぎ。しかし、一方のタリバンタリバンは犯行声明をだしました。彼ら曰く「アフガンのたになる事をしているのは知っているが、所詮西洋思想を浸透させるためのスパイであり、アフガン内の全外国人は敵」だそうです。
見事なすれ違いっぷり。
なんでこうなるのか?
つまり、自分達は良い事をしているのだから受け入れられるはず、という思い込みがあるんですな。
だから平気で非武装中立やら、9条を世界遺産に、とか言えるんでしょう。
自分達は戦争を望んでないし、むしろ憎悪している。その戦争をなくすための運動であるから、相手にも伝わるはずだ、と。
伊藤和也さんが殺害事件は、そんな幻想としての平和運動を打ち砕く、『現実』だと思うんですけどね。

つくづく思う。
日本の平和運動の皆さんが政権とったら、『平和のための戦争』を起こすんだろうな、と。


~戦線から遠退くと楽観主義が現実に取って代る。
そして最高意志決定の段階では、現実なるものはしばしば存在しない。
戦争に負けている時は特にそうだ~

機動警察パトレイバー2 the Movie TOKYO WAR

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2006年6月15日 (木)

幻想としての護憲と反戦運動~6~

6:この国の反戦・平和運動の行き着く先
「かつての総力戦とその敗北、米軍の占領政策、ついこの間まで続いていた核抑止による冷戦とその代理戦争。そして今も世界の大半で繰り返されている内戦、民族衝突、武力紛争。そういった無数の戦争によって合成され支えられてきた、血塗れの経済的繁栄。それが俺達の平和の中身だ。戦争への恐怖に基づくなりふり構わぬ平和。正当な代価を余所の国の戦争で支払い、その事から目を逸らし続ける不正義の平和」

ここで白状するが、私は国政選挙では大概共産党に票を投じる。
いかなる思想でも、それが唯一許される社会は異常だ。たとえ反戦・平和主義であっても、それだけが許される社会だったら、ナチスや北朝鮮の一党独裁とどう違うのか?
政治であればこそ、バランスはとられなければならないし、ブレーキ役も必要だ。
(自民、民主の2大政党に、ブレーキ役としての共産、が理想かと。公明・社民はいらん)
選挙では自民党と民主党が票を集めがちだし、ならばブレーキ役を、としての投票である。
別に共産党支持ではない。
まぁ、日本人民共和国というのも想像するなら楽しいが。
ああ、もちろん天性の機会主義者として喜んで入党して政治士官になるかな。
以上余談。
さて、これを反戦・平和運動に置き換えると、右翼運動というか、そういったものに対するバランス役ということになる。
だが、バランス役のしての反戦・平和運動が意味の無い役立たずだったら?
これまで論じたように、この国の反戦・平和運動は責任転嫁・現実逃避としての戦争否定だ。
だからあちこち無理がある。
その無理のある運動が、理解を得られるだろうか?
そして、理解を得られないならば、この国の反戦・平和運動は支持を失い消失するのは当然だ(事実そうなりつつある)。
ここまできたら、後に残るのは国民の総右翼化しかない。
だれがブレーキをかけるのだ?
ブレーキは自壊しつつある。
この国でまた戦争が起こったとき、私はその戦争に勝利する事を願う。
いかなる勝利であれ、敗北よりはましだ。
だが、国民の総右翼化がもたらす戦争に、勝利の確立はどれほどあろうか?
私はまた敗北を繰り返す可能性が高いと思う。
9条があろうがなかろうが、いつか日本は戦争をする。それは来年かもしれないし100年後かもしれない。日本が戦争を忘れても、戦争は日本を忘れないからだ。
だが、私は断言してもいい。
次の戦争は、戦後の反戦・平和運動がもたらしたに他ならない、と。


「戦争が平和を生むように、平和もまた戦争を生む。単に戦争でないというだけの消極的で空疎な平和は、いずれ実体としての戦争によって埋め合わされる」

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2006年6月11日 (日)

幻想としての護憲と反戦運動~4~

4:国際情勢ってなに
「その成果だけはしっかりと受け取っておきながらモニターの向こうに戦争を押し込め、ここが戦線の単なる後方に過ぎないことを忘れる。いや、忘れた振りをし続ける。そんな欺瞞を続けていれば、いずれは大きな罰が下されると」

1941年、日本は世界を相手に喧嘩を吹っかけた。そして負けた。この地球の支配権を握ったのは連合国である。それが当時の国民の認識であった。
地球を一つの勢力が支配するなら、戦争はありえない。
それに、この日本という貧乏で国土は荒廃して3流の科学技術したないこの国を、誰が欲しがるだろう?それでも誰かが日本を狙ったとして、日本にはあのアメリカ軍がいるのだ。誰があのアメリカに喧嘩を売ろうか?
だから国民は憲法第9条を喜んで受け入れたのだ。
もちろん、その底には「妖怪『戦争』」をこれで退治できたという思いがある。
戦争が悪いのであるから戦争をしないと決めれば戦争にはならない。
国際情勢分析もなにもありゃしない願望である。
だが、世界は国民の願望なぞ見向きもせずに走り出す。

1950年6月25日、朝鮮戦争勃発。
1950年8月10日、警察予備隊令発令
1951年9月8日、日米安保条約締結

冷戦の始まりとともに、日本を平和民主主義の実験国にしたいGHQ民生局は舞台から退場し、現実がアメリカに突きつけられる。なにしろ太平洋があるとはいえ、アメリカ西海岸の西岸は日本である。アメリカは日本をソ連に対する防衛ラインと定めた。が、しかし。ここで問題が起こった。朝鮮半島には兵力を投入しなければならず、日本に守備戦力を割く余裕はない。どこからか戦力を持ってくる必要がある。かといって日本軍を復活させて朝鮮半島に投入はできない。大日本帝国の復活を、アジアで日本が独自の軍事プレゼンスを持つ事をアメリカは容認できない。それに、9条を提示した手前、舌の根も乾かぬうちに9条捨てろともいえない。理想なのは日本のみを守る戦力で、それも一定期間だけ防ぐ戦力であればいい。
こうして警察予備隊、すなわち自衛隊が誕生する。
そして、直接の戦争から逃れた日本は、朝鮮戦争特需で奇跡の復興を始める。
この時期、二つの勢力が9条の効果に気がついていた。
政治家にとって、9条は最高のツールであった。
最低限日本を守る戦力を保有でき、アメリカと同盟を結んだものの、参戦を求められても9条を元に拒否することができる。アメリカは民主主義国家の総本山として憲法改正を求めることはできない。改憲はあくまで日本国民が決めることだからだ。そして戦争を妖怪と捕らえている国民は容易に改憲には走らないだろう。9条のおかげで日本は冷戦下の世界では戦線の後方であることが決定づけられた。アメリカの軍事力を安全保障に、出費を最低限に抑えて世界中で商売ができる。冷戦という現実ではアメリカはその状況を容認するほか無い。
一方、反戦・平和団体にとって9条は戦争から守る盾であった。
9条があるから朝鮮戦争にもベトナム戦争にも参戦することはなかった。そして奇跡的経済成長を遂げる事が出来た。妖怪「戦争」から日本を守る最高の盾であった。
まさしく鑑の裏表である。
確かに現象からみればそうなのだ。
だが問題はここにある。
日本の反戦・平和運動の源流はあの敗戦における責任転嫁・現実逃避から始まっている。
つまり日本の反戦・平和運動は世界情勢無視の日本国内限定の運動なのだ。
その証拠はいくらでもある。
彼らは憲法9条が世界から最高の憲法だと評価されていると説明する。
しかし、憲法9条を世界に広めようとは絶対にしない。
世界も憲法9条を採用しようとはしない。
なぜなら憲法9条自体、日本の事情でのみ成立しうる憲法で、その憲法を守る反戦・平和運動は戦争からの責任転嫁・現実逃避としての日本国内限定運動だから。
ベトナム戦争を、
イラク戦争を見よ。
日本同様、旧国家が倒れ、新国家ができた。新憲法発布前の日本同様最高の状態にあるにもかかわらず、その国に憲法9条を制定させようとは絶対にしない。
極めつけの証拠がこれだ。
無防備地域宣言をめざす大阪市民の会が応援するイラク自由会議(IFC)の内容を見るがいい。

>イラク自由会議組織構成、暫定規約
>9.IFCの基本戦術:
 >b)武装した市民部隊:民衆の武装した市民部隊を民衆の権力に敵対する勢力の攻撃に対抗するために創設する。

さあ、コレをどう解釈するね。

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2006年6月 9日 (金)

幻想としての護憲と反戦運動~3~

3:坊主憎けりゃ袈裟まで憎い
「だがあんたは知ってる筈だ。正義の戦争と不正義の平和の差はそう明瞭なものじゃない。平和という言葉が嘘吐き達の正義になってから、俺達は俺達の平和を信じることができずにいるんだ」

1945年8月15日、この国は歴史上初めての経験をし、混乱する事になる。
国家と軍は勝利と栄光と利益を約束する存在であるはずだった。
しかし、得たものは焼け爛れた国土、多数の戦死者と罹災者。海外領土を全て失い、文字通りの丸裸になった。
戦争に負けた以上、責任者は責任を取らなければならない。
だが、それは何の責任なのか?
戦争に負けたとき、責任は2つある。
一つは負けた責任。
もう一つは『負けた戦争を始めた責任』である。
負けた責任は簡単だった。政府も国民も全部軍におっかぶせた。もともと軍の独走から端を発しているのだし、戦場で軍が見事なまでに負けているのだから異論の出ようはずもない。しかし、もう一つの責任は違った。
確かに東京裁判でA級戦犯は処罰された。
だがしかし、これはこれは連合国による、連合国からの視点にたった裁判なのだ。この裁判に日本国民からの視点は存在しない。この裁判で国民の総意なるものは存在しなかったし、国民の意見が採用されることもなかった。
無論、連合国側としてもケリをつける必要があるわけで、これには日本政府も異論はない。勝手にやってくれ(ただし天皇には触れるな。こっちが困る)である。
かくて、『負けた戦争を始めた』者探しが始まる。
前回述べたように、責任者なるものは非常にあいまいだった。
軍には『戦争に負けた原因』を取ってもらった。
だが、戦争を始めた原因全てを軍に求めることはできない。開戦は御前会議で決めたのだが、天皇は無言であった。象徴としての天皇だから。では軍か?いや、ではそれまでの外交はどうなる?それに戦前の政府は完全な操り人形だったか?否である。では政府か?いや、内閣は陛下の輔弼機関だ。
堂々巡りになった政府は、そもそも開戦にいたる道をさかのぼり始め、とうとう突き詰めた。

政府は、そもそもお前らが望んだのだといいたかった(一部は一億総懺悔を唱えた)。
国民はそれを知りつつも認めなくなかった。いや、望んだのであって実行したのは政府だと言いたかった。

しかし戦争が終わり、国内を立て直す為には、国民の支持を得た政府により統治される日本とそこに住む国民の、平穏に続く日常という幻想を維持しなければならなかった。
かくて責任転嫁、いや現実逃避が始まる。
政府は8月15日を敗戦と呼び、憎き戦争が終わった目出度い記念日とした。そこに戦争を始めた根本的な原因を追究しようという思想は存在しない。目出度い記念日ができたのだから根本的な原因の追究なぞ野暮なだけである。
国民は戦争を始めた原因を戦争に求めた。戦争が悪いから戦争が始まって、戦争が悪いから戦争に負けたのだ、と。
なんだか『バカボンのパパだからパパなのだ』みたいな話で恐縮だが、ぶっちゃけて言うと戦争そのものに全責任をおっかぶせたのだ。
戦争が悪い以上、戦争に関わるものは全部悪である。戦争というものが悪いのだから、これに関わることはまかりならぬ。

貴方の家が空襲で焼けたのは、焼夷弾を落としたB-29が悪いのではなく、そのB-29の迎撃に防空戦闘機隊が迎撃に失敗したからでもなく、迎撃失敗したのは機体の性能が低く、電探能力が低かったからでもなく、機体の性能と電探能力が低いのは敵に比べて科学技術が圧倒的に劣ってるからでもなく、そもそも科学技術が圧倒的に劣ってるのに戦争を始めたからでもなく、その戦争が始まる可能性が高かったのに国民が大陸や南方で権益を求めたからでもなく、『戦争』が悪いから貴方の家は空襲で焼けたのです。

この思想に、哲学としての反戦思想はない。現実逃避・責任転換としての戦争否定である。
ものすごーく簡単に言えば
「妖怪『戦争』」が誕生したと思えばよい。
こまったことに、これが戦後の反戦・平和運動の原点となる。

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2006年6月 7日 (水)

幻想としての護憲と反戦運動~2~

2:責任者はどこにいる?
「首都圏の治安を楯に要らざる警備出動を繰り返して徒に彼等の危機感を煽り、事態をここまで悪化させた責任を誰がどのように取るのか。部内の秩序を論じるならまずそのことを明らかにして頂きたい」

日本の天皇を英語に訳す時、通常はエンペラーと約される。
だがしかし、このエンペラー、絶対権力者ではない。いや、ただの権力者でもない。ある人は祭祀王に近い存在ともいうが、私にいわせりゃそれでもない。まさに世界最古の血統を誇る、日本の象徴であり、それ以上でもそれ以下でもない(別に皇室軽視というわけではない。念のため。ついでにいうと皇室廃止論者でもない。それなりに敬意は払っている、と思う・・・・)。
確かに、平安以前やそれ以降に権力者として振舞った時期もあった。
だが、武家政治の時代を経て、ついには戦国時代を経て忘れ去られるにいたる。
戦国時代、大名家にとっては「官位」をくれる存在でしかなかったし、民衆にいたってはその存在すら知らなかった。
戦国大名にとって天下を取るには当時の首都である京都を取る必要があり、京都で偉いのは天皇という事になっており、そこには宮廷なるものがあって、すでに形骸化した官位なるもので序列が決まっていた。そして「征夷大将軍」なる役職を得られないと幕府なる統一政権を作る事が出来ないシステムである。
わかりやすく言えば、当時の天皇とは審判である。
天下という名の競技場で、1位になる=国内を早く統一した実力者、に貴方は1位だと宣言する=幕府開設の許可。
これでは誰も天皇になろうという者がでなかったのもうなずける。
レースで1位になりたいから自分が審判になって1位を宣言するバカはいないし、したらブーイングの嵐である。
問題なのは、この時点でさえ天皇なるものは大名等の知識のある階級でしか天皇を知らなかったことだった。そこにエンペラーとしての天皇はいない。
そして明治維新。
発端は尊皇攘夷である。
水戸の黄門様がヒマだったから、歴史書漁っていたら、ひょっとして日本という名のフィールド内では天皇が一番偉いんでねぇの?と言い出した。
そして黒船が来航し、気がつけば列強はアジアの植民地化を勧めていて、こりゃやばいってんで倒幕運動を起こす。幕府も幕府で「じゃぁ、あんたらで出来るもんならやってみろ」と政権を返す。
ここで倒幕側は困ったことになった。
民衆に我々が1番であることをわからせるには、維新戦争という内戦でライブで勝って見せればいい。そしてそうなった。後は1位である事の証明書を天皇から発行してもらえばいいのだが・・・。ここで問題がおこった。なにせ倒幕運動思想の元は尊王攘夷である。まさか徳川幕府のように、京都に押し込めて放っておくには行かない。かといって天皇をトップにおくと・・・・民衆の誰もが天皇を事を知らないのである。おかげで近代的な教育システムを作って、「天皇は何故偉いか」から教えなければいけなかった。そして憲法を発布し、天皇を最高権力者ということにした。内閣は天皇を輔弼する機関であるし、国内最大の武力集団、軍隊は天皇が掌握することになった。こと後者は藩閥が幅を利かせていた明治にあってはまこと都合がよかった。天皇が軍を掌握していることにすれば、特定の藩の出身者が軍を勝手に動かす事は出来ない。こうして天皇中心の政府機構ができてめでたしめでたし、とはならなかった。天皇にとってはこれは困るのだ。権力があるということは、失敗したら責任をとれということだ。これでは審判ではない。競技参加者にして大会責任者である。
これまで天皇が生き残ってきたのは審判だったからだ。なのに競技参加者にして大会責任者になったら、負ければブーイング、運営をミスったら大会を開催させてはくれないだろう。
かくして合意が成立する。
憲法では天皇を権力者ということにしておき、それは観念の世界に押し込め、実際は弾力的運用によってカバーするという、いつの世にも見られる日本的光景である。
もちろんそこに、なにかあったら責任は誰がどのようにとるのか?という考えは無い。
こうして軍が「規定通りの正しい運用」にて軍主導の政策が始まると、奇矯な事になる。

軍:憲法に規定されている以上、政府のいう事なぞ聞いて入られない。そして責任者は天皇だ。
政府:それはそうだが、運用は合意によって政府主導だろう。ただし、我々は天皇の輔弼機関であるから、軍の行動の責任はとれん。天皇との合意の運用で、天皇は象徴になっているのであるから、責任は軍がとれ。
天皇:しりません。二人でよく話し合ってください。運用はどうあれ、規定では責任者になってしまっているので昔のようにジャッジを下せません。

こうして1945年8月15日を迎えるわけだ。

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2006年6月 5日 (月)

幻想としての護憲と反戦運動~1~

幻想としての護憲と反戦運動~1~

1:国民なるもの
「この街では誰もが神様みたいなもんさ。いながらにしてその目で見、その手で触れることのできぬあらゆる現実を知る。何一つしない神様だ」

和を尊ぶ国、それが日本。・・・・だからなのか知らないがこの国は成立以来、対外戦争は数えるほどしかしておらず、戦いのほとんどは内戦である。無論戦争に大小はなく、戦ってる当事者達は真剣そのものであるからして戦いの数は問題ではないが、やはり対外戦争をろくに経験していないというのはこの国の抱える問題ではなかろうか?
そのほとんどを占める内戦にしても、民衆が犠牲になったはあくまでとばっちりであって、民衆が自発的に武器を持って戦ったケースというのはほとんどない。
日本において戦いとはあくまで武士階級がするものであった。
唯一、大規模内戦かつ対外戦争的性格を持つ戦国時代においても同様である。
領主の求めに応じて戦いはするが、別に我が領地を守る為にはせ参じたわけではないし、戦い破れて統治者が変わっても、レジスタンス運動を起こすわけでもない。
そして300年に及ぶ徳川幕府の平和。
それはそれでたいした物であるが、この国の民衆に、平和とは、そして戦争とはなんぞやという考えを持つ機会を一掃してしまった。
そして明治維新。
すごいことに、明治維新を断行したのはやはり武士階級であった。これがヨーロッパであれば武士階級が指導・煽動し、放棄した民衆が政府を倒して新政権を作るところである。
戦争はあくまでお上がするものであって、民衆はそこから最大限の利益を引き出せればよい。その発生は国内事情によるものであり、勝てば官軍負ければ賊軍、そこに国際情勢の相対的視点なるものは存在しない。
唯一例外に思える日露戦争を見よ。
確かに徴兵された兵士はまさに祖国防衛戦争として戦ったが、そもそも戦力差も国力も省みることなく開戦を叫んでいたのはその国民であった。
日本は奇跡的な戦略的勝利を収めたこの戦役において、賠償金を得られなかった国民は暴動を起こしたくらいだし、戦争中にロシア国内にて反政府運動が活発化しても、本朝の新聞は「理解しがたい」「許されざるべき事」として報道している。
つまり国民にとっては、戦争になるだろう国策を望むが、それを決定・実行するのは政府であって我々に責任はなく、栄光と勝利、そして利益を望むが、それを行うのは政府である、ということだ。
そして、日清・日露で勝利と栄光と利益をつかみ、WWⅠでは最大限の利益を得た。
ここまでラッキーが続けばそりゃ増長もするだろう。

満州の広大な土地が手に入った。
中国の官僚機構は腐敗しており、列強は中国と言う名のパイの争奪戦を行っている。ならば我々もそれに一口乗ろう。
南方には石油が眠っている。その地を支配していた列強は今は無い。無人ならば急いで手に入れよう。誰かに取られないうちに。

これらの願望を満たす行動を起こすのは政府であり軍である。
我々は期待しているし、それは今までの例から見て、最大の利益と栄光をもたらすであろう。
急げ!バスに乗り遅れないうちに!
責任?我々は望んだだけだ。責任とは行動を取ったものが負うのだ。
ただし、日清・日露の栄光と利益、その同等のものを得る事が出来ない組織を、我々は決して支持しないであろう。

こうして1945年8月15日を迎えるわけだ。

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